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すべてを贖い生きるために『絵画魔術師トルフカ・ミットの旅路』ネタバレ感想ご注意

読書感想メモ 小説
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作者:夏橋渡
イラスト:椋本夏夜
C・NOVELSファンタジア新書より 2015/7/24発売
第11回C・NOVELS大賞特別賞受賞作

あらすじ

自らが描いた「絵画」を回収するために旅をしている少年トルフカと彼の護衛である女剣士サリ
彼らは「絵画」の噂を耳にしたギスト王国へ向かう。
そこでは国王派と反国王派が対立し内乱が巻き起こっていた。

ひょんなことから助けることになった少女ユミナ
彼女は反国王軍、ハギ軍のリーダーだった。
お互いの目的のため力を貸し合うことになったトルフカたちとユミナ。
トルフカは当初、ユミナたちは自分の力を利用するのが目的だ、として警戒するが、
真摯な態度をとり、あくまで「人を守るため」に絵画の力をつかい「絵画に頼らない国」を作りたいと願うユミナの姿をみて頑な心がほどけていく…

 

こういう要素がお好きな方におすすめ
ファンタジー 少年主人公 女剣士が護衛 

トルフカが描いた絵は血液と魔石を使うと具現化し、人の手では不可能な力を実現させてしまう。
ある意味、夢の魔法、ドラえもんの四次元ポケットのようなもの。

かつて、何も知らずにただ大人たちに「人のためになる」といわれ疑問を抱かずに「絵画」を描きつづてきた少年トルフカ。

彼が描いた「絵画」は「軍勢」「巨人」「神竜」「大魔術師」など。
どれもこれも強力で強靭な力を持ち、神話や御伽なばしの中の存在を現実のものとして顕現させることができます。

彼が産まれ育った「ベルクラント」の王や将軍たちは「絵画」を周囲の国々を侵略するための「兵器」として使われていました。

幼いトルフカは何も知らされず、ただ絵を描き続けてきました。

純粋ゆえの無知

ただ、絵を完成させると世話係の女性が喜んでくれるから。
人のためになる、と信じていたから。

「絵画」の力は絶大で、それゆえに「ベルクラント」を内部から壊していきました。
王に対して王子のひとりが盾付き、絵画のちからをもってして牙を向けたのです。

そして、「絵画」と「絵画」を使った泥沼の争いがはじまり、わずか一夜で栄華を誇っていた「ベルクラント」という国は滅びました。

「絵画」は各地に散り散りになり、ひとり生き残ってしまったトルフカはサリとしたある約束のためにこの世からすべての「絵画」無くすことを決意します。

多くの人を殺し、大切な人さえも殺した原因を作った自分が嫌いで、利用され続けてきたから他人も信じられないトルフカは最初はトゲトゲしています。
まるで傷ついた猫みたいに思えました。(作中では犬と表現されてましたけれど)

護衛のサリはそれを苦々しく思いつつも、自分ではどうすることもできないと唇を噛み締めています。

基本的にサリの一人称で物語は進みますので彼女のもどかしい気持ちは痛いほどよく伝わってきます。

トルフカの頑な決意はユミナという少女に出逢ったことによって変わっていきます。
人をただ傷つけることしかできないと思っていた自分の絵を好きだといってくれた、
「人を守るために」力を借りたいと願うその姿勢に、ただ真摯に自分を心配してくれるその姿に。

最後、トルフカは「もう描かない」と決めていたいつかの日の誓いを破ってもう一度筆を執ります。

ユミナとトルフカ、彼女と彼らがどうなったのかはどうか手にとって直接読んでみてください。

読み終わったあと、一番に思ったのは「この物語には悪役はいるけれども悪人は誰一人としていない」です。

敵対していた「エルン王」にしても「国のため」に絵画を使っていました。
マータは「ただ自由にいきたい」と願っていました。

主人公が作中でした決意はすべてが正しいわけではありません。
頑なさが招いた故に傷つき死んだ人達もいます。

サリの正体

「サリカ」という女性のために描かれた絵画。
サリカは「ベルクラント」にいた時にトルフカの身の回りの世話をしてくれていた女性。

トルフカは知らなかったのかはわかりませんが、彼の管理と監視を王から命じられていたようです。
彼女は、トルフカを取り巻く環境を快くおもってませんでした。

苦悩する彼女の様子をみて、「彼女のための絵を描こう」として出来上がったのが『旅の剣士サリ・ウェルポーシュカ』
彼女はサリカの護衛のために生み出された存在でした。

彼女亡き後、「トルフカを守って欲しい」という願いとそして彼女自身の「自由意志」で
トルフカと共に旅をしていました。

彼女の正体について予想はしていました。

サリカにそっくりということは性癖とかもそのまんま…?

国が滅んだ時にサリがあのような言葉しかトルフカにかけられなかったのは、サリも見た目こそ大人の女性ですけれども絵画として産み出されてからそれほど時間がたっていないから。
おそらく、人としての外見年齢と心の年齢が釣り合っていなかったのだと思います。

だから、「残酷な言葉とわかっていてもそれで奮い立たせ生き延びさせること」しかできなかった。

トルフカのこと

最初はトゲトゲしく誰に対しても不信感を抱いている彼ですけれど、
はじめてユミナのことを名前で呼んだ時に「さん」でも呼び捨てでもなく
「ユミナお姉さん」と読んだんです。

嫌味ではなく素直に。

傷ついているから誰に対しても警戒心むき出しだけれども、
きっと心根はやさしい素直な子なのだろうと感じて、少し悲しくなりました。

絵画は誰かの役にたつと心の底から信じていた、彼はその想いにきっと偽りはなかった。
だからこそ国が滅んだ時に彼が負った心の傷の深さを思うと…

でも、彼は傲慢で無知でもあります。
なぜなら彼は「絵画」が持つ「こころ」について考えたことがなかった。
人格を持つなら、サリと共に過ごしているのなら気づいてもよかったのに。

でも、彼はそれすらも乗り越えてきます。
ひとつの「こころ」を踏み潰す行為だというのを認めて、背負ってくのです。

敵対していたエスト王、そして『大魔術師マータ』

それぞれ守りたいものが、叶えたい願いがあった。
ユミナや苦しめられた民からしたら彼らは「悪」だけれども、
決して「悪人」ではない。

誰一人、みんなそれぞれ傷ついて悲しんでいる

マータはサリと同じくトルフカによって産み出された絵画で誰よりも何よりも「自由」を求めていた。
「生きたい」と願っていた。

彼女の言葉を聞いてトルフカは自分の行いに疑問を抱きます。
「絵画」が持っているであろう「人格」その「こころ」について
トルフカは一度も考えたことがなかったのです。

はじめて呼び出されたサリもマータも彼のことを「お父様」、「父」と呼んでいたのに。

この世に産み出した父親に否定され破棄される絵画たちの心を思うと…
でも、トルフカはマータの言葉によってそれをはじめて考え始めます。

はじまりのおわり

終章のタイトルはじまり、です。

絵画のこころを知り、サリともちゃんと向き合ってお互いの思いを吐き出し、
成長したトルフカ・ミットの再出発ともいえます。

サリカは、お姫様か何かだと思ったけれども高級文官という地位にいる女性のようです。
トルフカが気づかなかった絵画の「人格」についてもきっと気づいていた。
マータをいつも出迎えていた、とのことなので。

トルフカのことも、彼が描いた絵画たちのことも心配していた心優しく正しい女性。
トルフカもサリもサリカが大好きで、マータは彼女のことを「愛していた」そうです。

一番のヒーローは作中では故人であった彼女なのかもしれません。

 

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