日本における自然主義文学の大家、徳田秋声の代表作。
作中では華々しい出来事は起こりません。
ただ、淡々と苦々しく地に足についた一人の女の生きざまが描かれています。
善人でも悪人でもない。
ずる賢く、あさましく人並みに弱く、なによりもたくましいひとりの女の半生を描いた作品です。
著作権が切れているので「青空文庫」に掲載されています。
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あらすじ
わたしは自分の人生をあきらめない
年頃の綺麗な娘であるのに男嫌いで評判のお島は、裁縫や琴の稽古よりも戸外で花圃の世話をするほうが性に合っていた。幼い頃は里子に出され、7歳で裕福な養家に引きとられ18歳になった今、入婿の話に抵抗し、婚礼の当日、新しい生活を夢みて出奔する。庶民の女の生き方を通して日本近代の暗さを追い求めた秋声の、すなわち日本自然主義文学を代表する一作。
出典:『あらくれ』講談社文芸文庫より
自らの意志を貫き通した女
お島には幼い頃から逃げ場がありませんでした。
実母には(おそらくお島の強情なところが)嫌われ、実父はお島を川に放り投げてしまおうかと迷っていたその中、知り合いを通して養子に出されてしまいます。
養子にだされた先は裕福な家庭ではあったが、その関係はどこか白々しい空気を感じます。
お島を連れて堂々と不義相手と合う養母。
実母よりは愛情を感じるがやはりどこかいびつな関係性。
お島は実母との確執から養子に出されたせいか、つねに誰かを気遣って、働くことが当たり前になってしまっています。
現代でいうなら実親は児童虐待する毒親だし、養父母やその周囲もお島の意に沿わぬ結婚を強いたという時点で立派な人権侵害をしています。
自分たちの理想通りに生きてほしい、都合のよいようにあってほしい。
もちろん作品の時代背景を考えれば当時はどこでも当たり前のように行われてきたことなのでしょうけど。
それでもお島はそれを拒絶しました。
「我慢して、遺産だけ貰えばいいだろう」という声もあったが、妥協せずに自らの意志を貫き通しました。
あらくれが描かれた当時の女性の立場を考えればそれはどれだけ難しく勇気にいる行為だったのかわかります。
その後も自分意思を貫き通した結果落ちぶれていきます。
裕福な養父母のもとにいたころとはかけ離れた生活。
思わぬ苦労を負うことになってしまうのです。
時代の流行に逆らい「私」を大事にしたお島
でも、作太郎との結婚にしても商家の鶴さんとの生活にしても浜屋の主人の提案にしても妥協してしまったら、その時点でお島の心は潰れていました。
彼女は彼女ではなくなっていたのです。
彼女を彼女たらしめる自尊心、自立心、そういうものが殺されていた。
当時の女性にとって結婚相手は親や周囲が勝手に決めるのが当たり前で、女性はそれに従うのが当然、とされていたのでしょう。
それを何度も拒絶し、己の自我を貫き通したお島はとても先進的な女性のように思います。
思想などの問題ではなく、ただ彼女の性格が強情だっただけでもあってもその選択は彼女の心を守った。
あり方を守った。
お島さんは懲りない。めげない。
紆余曲折あったが、彼女は手に職を得て、裁縫師の小野田と三度目の結婚をして洋服屋を開きます。
彼女は夫とたびたび喧嘩しながらも日々精力的に仕事をこなしていくお島は現代ならキャリアウーマンとしてバリバリと活躍してただろうと思います。
あらくれものとは、
お島はけっして善良な人とはいえない。
健気でかわいらしい女ともいえない。
気が強いし癇癪持ちだ。
まさしく、”あらくれもの”の生き様を描いた傑作です。
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